夏の甲子園(高校野球)名勝負!

1984年準々決勝、『取手二 vs PL学園』

1984年準々決勝、『取手二 vs PL学園』

 

 

 

 

 

 

 

 

1980年代の、高校野球を代表するチームと言えば、
徳島の池田高校と、大阪のPL学園である。

 

 

 

それまでの、高校野球界の常識を上回る強力打線で、
甲子園を席巻した池田高校は、「やまびこ打線」 と呼ばれ、
夏春連覇を達成し、史上初となる、”夏・春・夏” 連覇に、
最も近づいたチームだった。

 

 

 

その野望を打ち砕いたのが、PL学園である。

 

 

 

”KKコンビ” と呼ばれ、後にプロ野球でも大活躍する、
桑田・清原両選手を軸に、5季連続で、甲子園に出場。

 

 

 

桑田投手の、”甲子園通算20勝” は、
今後、破ることは相当難しい大記録である。

 

 

 

KKコンビは1年夏に優勝、2年春は準優勝。
2年連続の夏優勝に向けて、視界は良好だった。

 

 

 

対する取手二は、全国的に無名のチーム。

 

 

 

しかし、初戦で優勝候補の箕島高校を逆転で破り、
あれよあれよという間に、決勝戦へと勝ち上がっていた。

 

 

 

試合は意外なことに、取手二が、初回に2点を先制する。

 

 

 

この予想外の伏線には、試合前に雨が降り、中止も、
検討される中、中途半端な状態で試合が始まったことにあった。

 

 

 

中止と思い込んでいた桑田に油断があり、何でもない、
センター前のヒットを、センターがトンネルするなど、
PLには、かなりの油断があったと言える。

 

 

 

地力に勝るPLは、1-4とリードされてから、
8・9回に得点を重ね、同点に追い付く。

 

 

 

しかし、一気にサヨナラ勝ちできなかったことが、
尾を引き、延長戦に入ってすぐの10回表、
決定的な、3ランを浴びてしまう。

 

 

 

その後1点を追加され8-4。
PLに、逆転する気力は残っていなかった。

 

 

 

スター軍団の緻密な組織野球に対し、選手を、
委縮させず思い切りプレーさせる、木内監督の野球は、
「のびのび野球」 として、もてはやされた。

 

 

 

その後、常総学院を全国的強豪に育て上げ、
「木内マジック」 と称されるが、その原点となったのが、
今回の、1984年準々決勝、『取手二 vs PL学園』 である。

 

 

 

 

 

 

 


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