夏の甲子園(高校野球)名勝負!

1979年3回戦、『箕島 vs 星稜』

1979年3回戦、『箕島 vs 星稜』

 

 

 

 

 

 

 

 

1970年代の高校野球を支えた高校の1つに、和歌山県の箕島高校がある。

 

 

 

1970・1977・1979年と、3度センバツを制し、公立校として初となる、
春夏連覇の偉業に臨んでいた、1979年夏の大会、ダークホース的存在であった、
石川県・星稜高校との、延長18回の死闘は、作詞家阿久悠をして、
最高試合と言わしめるなど、そのあまりにもドラマティックな展開が、
今も多くの高校野球ファンの脳裏に焼き付いている。

 

 

 

第4試合であったこの試合は、1‐1のまま延長戦に入り、
すでにこの頃には、ナイターとなっていた。

 

 

 

迎えた12回、星稜はエラーがらみで1点をもぎ取る。

 

 

 

その裏箕島は簡単にツーアウトとなるが、
ここで起死回生の同点ホームランが飛び出す。

 

 

 

勢いに乗った箕島は、延長14回にワンアウト3塁と、
絶好のサヨナラのチャンスを掴むが、なんと隠し玉に遭い、
チャンスを逸してしまう。

 

 

 

16回に、星稜は1点を勝ち越し、その裏の箕島の攻撃も、
ツーアウトとなり、迎えるは先ほど隠し玉にあった選手がバッターボックスへ。

 

 

 

初球を打ちあげ、打球は一塁ベンチ横のファウルフライ。

 

 

 

万事休すかと思ったその時、星稜の一塁手が、
人工芝の角に足をとられ転倒してしまう。

 

 

 

命拾いした打者が5球目を叩くと、これまた起死回生の
同点ホームランが飛び出した。

 

 

 

引き分け寸前の18回、箕島はワンアウト1、2塁のチャンスを作り、
次打者のタイムリーで劇的なサヨナラ勝ちを収めた。

 

 

 

九死に一生というが、2度もその奇跡を起こした箕島高校は、
その後も神がかり的に接戦をものにしていき、公立校として、
初めて、春夏連覇の偉業を達成することとなる。

 

 

 

”尾藤スマイル” で、全国の高校野球ファンを魅了した、尾藤公監督はすでに亡く、
現在は息子の強氏が指導にあたり、昨夏29年ぶりに夏の甲子園出場を果たした。

 

 

 

 

 

 

 


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